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満を持して

出産予定日の7月25日は、きっと最初から間違えていたんだと思う。和子さんのお腹は間違いなく臨月なんだけど、まったく兆候もなく、いたって普通の一日が終わった。病院に行っても「胎児も元気だし、もうちょっと様子みましょう」という返事だった。

出産予定の足立病院は、基本的に自然分娩の方針で、畳の部屋での出産などにも対応していた。最初、和子さんは「水中出産が楽らしい」という情報を仕入れ、友人の助産師に問い合わせたら、「あんた、何歳やと思ってるん?」と言われ即却下になった。「高齢出産に出産スタイルを選んでいる余地はない」という現実をみせられた。

僕は、早くから「立ち会い分娩」を希望していた。時間もあるし、「せっかくの機会やし」というとくに深い理由はなく、「普通に立ち会い分娩するもの」になっていた。病院には、いつ出産が来ても立ち会えるように、夫婦同室入院ができるように申し込んでみた。ところが、「同室入院できる部屋は、もう満室なんです」という状態だった。「そうかぁ~そんなに立ち会い分娩は流行ってるんかぁ」と思っていたら、どうもそうではないらしい。

夫婦(家族)同室入院の実態。もちろん、半分は立ち会い分娩のための待機入院。それは納得。ところが、もう半分は、「子どもが生まれる直前まで、夫が妻に面倒をみてもらわないと生活できないから」という理由だそうだ。

「明日親になる!」という直前まで(たぶん、親になった後でも)、妻に負んぶに抱っこの生活。この後の「ウチには夫という名の子どもがもう一人いる」という生活が垣間見える。とくに、二人目の出産の場合、家での父子家庭状態が維持できないという理由で、家族同室入院となるケースも多いと聞いた。

早朝から夜遅くまで働くお父さんに、子どもの世話と家事も期待するというのはシンドイと思うけど、父子家庭のお父さんはみんなそうやって頑張ってる。「妻はいつもいる」「妻はいつも元気」なんて幻想でしかない。せめて、入院期間が予測できる出産入院時くらい、危機管理じゃなくて生活管理(マネジメント)できるように準備しておかないと、突発的な事故や病気で妻が入院なんかしたら、もっとタイヘンなことが起こる。「甘えられる時には甘える」というのもわからないではないが、周到に準備して「試せる時に試す」というのも大切だ。

そういえば、僕が病院のコインランドリーで洗濯していたら、「明日生まれます!」というようなお腹の妊婦さんが、家族全員分と思われる洗濯物をウンセウンセと抱えてヨッコラヨッコラ歩いていた。洗濯物を片付ける僕を見て「奥さんがうらやましい」とこぼしていた。ちょっと涙目だったので、本当にシンドかったんだと思う。

予定を過ぎても一向に出てくる気配のない加奈子。そうこうしているウチに、マズいことが起こってきた。僕は、7月25日の出産予定を見越して、8月9日~11日に大学での夏期集中講義の仕事を入れていた。もしかして、出産と講義が重なるかもしれない。「いや、まさかそこまで遅くなることは…」と思っているウチに、予定はどんどんズレ込み、8月7日の検査で「もう限界かな?」と、翌8日から入院することになった。いよいよマズいことになってきた。

講義のはじめに、
「実は、今、妻が出産入院してまして、子どもが生まれそうなんです。もしも生まれた連絡が入ったら、講義を終わらせて帰らせてもらってエエですか?」
と断りを伝えると、
「おおお!」という歓声と共に「やったぁ~!」という声もあった。通信課程の学生達なので、18歳の人もいれば70歳くらいの人もいる。社会福祉系の学科ということもあり、講義後の講義アンケートをみても、ほとんどが「講義は放ってでも立ち合うべき」「早退歓迎」「オメデタイじゃありませんか!」など好意的な反応だった。もっとも、早く終わる=休めるという学生も多かったと思う。あとで、その当時、受講した学生と話をする機会があったが、「異常にテンションの高い講義でしたよ」と言われた。

結局、集中講義期間中に、僕の携帯電話が震えることはなかった。その間、和子さんは陣痛促進剤で誘発される陣痛に3日間苦しんでいた。そして、3日が過ぎた11日の夜。「明日の午後、帝王切開しましょう」ということになった。

「この3日間の痛みはなんやったんやぁ~ぁぁぁぁ!」

という和子さんの魂の叫びとは裏腹に、12日の午前中も薬の効果は残っていて陣痛は続いていた。帝王切開するのがわかっているのに陣痛がくる。

「まったく無意味な陣痛…(・・、) 」

まさに名言である。

実は、この「3日間陣痛に苦しんだ末に、帝王切開」というのは、出産経験のある和子さんの教え子から「友人におこった話」として聞いたジョークだった。それを、まさか自分が体験するとは…この3日間、和子さんはまったく食欲なく、出された料理はすべて僕が頂いた(病院の食事が美味しくて有名だったのは本当だった)。講義が終わって、病室を尋ね、病室でご飯を食べて、帰って仕事の準備して、朝、病院を訪ねて…という生活だった。子ども無しで夫婦だけで過ごす最後の11日は、僕も病室に泊まった。真夏だったので、病院のタオルケットを借りて寝た。

12日は、朝から手術に向けた準備が進められ、いよいよ執刀の13時がやってきた。
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プロフィール
主夫生活の傍ら、「スーパー主夫」「プロ主夫」として講演や執筆活動をしている山田亮のブログです

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