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スーパー主夫誕生

加奈子が生まれる数ヶ月前から、ネット上で「日記」も公開していた。それまでは、自分の日記は家計簿ソフトの付録の日記帳にチョコチョコッと書いているだけだった。まだブログが一般的ではない時代で、日記の更新はかなり面倒だった。それほど多くの人が閲覧しているわけでもなかったけど、とにかく毎日書き続けた。

2001年10月30日(加奈子が生まれて2か月半)、和子さんが職場復帰した。そこからは、日中は僕と加奈子の二人だった。午前中、義父母宅でチョコッと加奈子をみてもらい、その間に家事や日記の更新をしていたけど、たいはんは加奈子と二人っきりだった。

日中はともかく、夕方が過ぎ暗くなってくると(とくに秋冬は)、な~んとなく寂しい気持ちになったり、「まだかな?まだかな?」と和子さんの帰りを待つ、もどかしさというか心細さというか、なんとも表現の難しい気持ちも、それとなく日記に載せたりしていた。

そんな2002年4月17日のお昼。「そろそろ加奈子を引き取りに行かな」と思っていたその時、そのメールが届いた。「原稿執筆をお願いできませんでしょうか?」というそのまんまなタイトルのメールは、毎日新聞社生活家庭部の戸嶋誠司さんからだった。

「連載してみませんか?」という内容で、8~12回の連載のオファーだった。その時は、非常勤講師として数校通っていたが、それほど忙しくもなく、講演も数回経験しただけだった。時間はたっぷりある。ネタもたっぷりある。断る理由はなかった。

さっそく電話とメールでやり取りが始まり、戸嶋さんの助言も的確で、ササッと4週分をまとめて送信した。ある知人教授の言葉に「仕事は請けた時が一番やる気のある時。その時に形にしておけば、あとは直すだけ」というのがある。まさに、そんな勢いだった。その勢いに戸嶋さんも答えてくれ、どんどん修正しながら、第1週目の掲載が近付いたそんな時、戸嶋さんから電話が。

「すみません。タイトルのことですが…」
「そういえば、タイトル決まってませんでしたね」
「そうなんですよ。今朝、デスクから『決めたよ』と言われまして」
「どんなタイトルなんですか?」
「え~っと『スーパー主夫の暮らし術入門』という」
「あ、そうですか…
………
……

はぁ?
スーパー主夫ぅ?
…って誰が?

「いろんな意味で既存の価値感を超越したという意味で」
「もう決まってしまってるんですよね?じゃあも~それでいきましょう!」
「あ、いいですか?タイトル変更するとタイヘンだったんです」

これがホンマにギリギリになっての上からのお達しだったのか、それとも戸嶋さんの策略だったのか、とにかく、

僕は「スーパー主夫」というコトになっていた。

今でも、講演が新聞記事になったりして「スーパー主夫の山田亮さんが、男の家事参加について講演した」と出ると、「スーパー主夫って、この人のどこがスーパー?」など掲示板や個人のブログなどで指摘される(直接意見する人はいないけど…)。そもそものはじまりが、こんな経緯なので、「どこがスーパーやのん?」という意見も当然といえば当然。

幸い、連載記事はボチボチの評価をもらい、長くても12週という当初の連載予定は、連載期間中に16週に延長され、家事編に加えて子育て編も書かせてもらうことになった。掲載紙面が東京本社管内(静岡以東)限定だったので、関西ではまったく知られていない連載だったが、元会社の同僚が毎週切り抜きをしてくれていたり、新聞社経由でメールやFAXが届いたりして、書く楽しみと反響をもらえる楽しみをつかむことができた。

この連載は、東京方面での仕事を急に増やすことになり、ラジオ出演をしたり、雑誌のインタビューを受けたりするようになった。その時も、「新聞連載中のスーパー主夫の山田亮さん」と言われたり書かれたりして、いつのまにか僕の肩書きのようになってしまっていた。その後の講演の依頼も、「スーパー主夫 山田亮さん」で依頼が来るようになり、今さらながら「スーパー主夫」を外すわけにもいかなくなり、こんにちまで「スーパー主夫」というのを使い続けている。

それでも、言葉を選んで伝えるプロフェッショナルが「スーパー主夫」と決めたのだから、それはそれで意味があったのだろう。また、他に「スーパー主夫」を名乗っている人もいないので重ならなくていいし、そして「なにぃ?スーパー主夫?どんな奴や?」と興味をもってもらえる肩書きでもあるので、今は抵抗なく「スーパー主夫」を使っている。「専業主夫」という肩書きは、現実とは違った表現になるので今でも抵抗があり、自分では使って欲しくない。

メディアへの露出や原稿執筆や講演は、どれも短時間だったが、子育てから離れる時間になった。大人だけで動く仕事の時間は話せば通じる楽さがあるし、聞いたり読んだりしてくれる人がいることは、いろんな面で励みになった。加奈子とは、一時的に離れるが、逆に離れると恋しくなる。帰ってからは目一杯かわいがった。仕事も楽しいし、子育ても楽しめる。

こんな感じに、ワーク・ライフ・バランスのオイシいところ取りを、肌で感じていた子育てと仕事の両立。ところが、和子さんが職場復帰して以降の、得体の知れない寂しい気持ちは、次第に重たく僕にのし掛かり、この後、深刻な「育児ブルー」を引き起こすことになった。
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プロフィール
主夫生活の傍ら、「スーパー主夫」「プロ主夫」として講演や執筆活動をしている山田亮のブログです

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