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ドア挟まれ事件

2005年10月1日。この日、僕と和子さんは、ワーク・ライフ・バランスのセミナーに向かっていた。ウイングス京都でのセミナーだったので、託児サービスもあり、加奈子をそこに預けて、セミナーを受けるつもりだった。

途中、電車を乗り換えるために、3人で降りようとしたその時、加奈子の腕が開く電車の扉に吸い込まれた。4歳2か月の子どもの腕は、思った以上に細く、あの狭いすき間にズズッと。あの日は、暑い日で加奈子の手に汗が付いていたのだと思う。触れるつもりじゃなかったと思うけど、ちょっと触っただけでも、汗がついた手が扉にくっついてしまったんだと思う。

ギャァ~~っと大泣きする加奈子。

僕と和子さんは開く扉を引っ張り、これ以上、加奈子の腕が巻き込まれないように試みた。この時、僕はこの社会の子どもとその子を育てる社会の冷たさを感じた。

子どもが大泣きし、両親が困っている。この状況をみて、動いてくれたのは年配の女性一人だけ。電車の車内では30人くらいが乗っていた。僕は、今でもあの光景を覚えている。「電車が遅れる」と思ったのか、チラッと時計を見た男性。携帯電話でメールし続ける人、新聞を読み続ける人…シーンとした車内に加奈子の泣き声と、車掌を呼ぶ僕の声だけが響いていた。扉を引っ張るのを手伝ってくれた一人の女性を除いた全員が、さもなにも起こっていないかのように振る舞っていた。

これがこの国での子育て環境だ。

確かに、子どもを育てるのは、親の責任だ。そこは間違いない。
だからといって、子どもを育てるのは、その子の親だけの責任なのか?

子どもは、いろんな大人と関わって育っていく。ご近所さん、保育士、学校の教師、塾の先生、病院スタッフ、スーパーの店員、駅員、運転手、配達員、一緒にエレベーターに乗り合わせた客、野球を観戦する客、テレビの向こうの人達、ブログの書き手…ものすごい数の大人を、成長のサンプルにしながら育っていく。親だけを見て育つわけではない。いつも親が横にいて「あの人は…」「あっちの人は…」と説明できるわけではない。

大人一人一人が、社会のいちサンプルとして、子ども達に見られている。これは大人に課せられた「より良く生きる」という宿題だ。そう考えると、子どもを育てるのは、その子の親だけの責任ではない。大人全体の責任だ。

さいわい、加奈子は腕が油で汚れたのと、少し擦り傷をした程度ですんだ。ただ、僕はあの時はじめて、子育てを通して巨大な社会の壁を感じた。今、僕には、講演やセミナーなどで社会に語りかけるチャンスがある。ほんの少しでも、この意識や環境を変えることができればという気持ちでメッセージを語らせてもらっている。

失敗したり、行き詰まったり、憤ったりした経験は、すべてネタになっている。やる気にならず、ダラダラした体験さえ、その原因や背景を突き止めると経験になりネタになる。その時その時を、もがき苦しんだり、「もうアカン」と思いながらも、なんとか過ごせてきた経験は、今でこそどれもこれも無駄ではなかったと思える。

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主夫生活の傍ら、「スーパー主夫」「プロ主夫」として講演や執筆活動をしている山田亮のブログです

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